言葉になりきれないもの [稲葉的詞世界]
たまたま家が近所同士だったので、小さな頃はよく彼女と遊んでいた。
名前は沙紀といい、僕は「沙紀ちゃん」と呼んでいた。
とても活発な女の子で、今思い返すと僕は完全に尻に敷かれていた。
僕等はとても仲の良い幼馴染だった。僕等は自転車に乗るのが好きで、たまに二人で遠出した。
学区内を悠々と抜け出し、いつもは車の後部座席に乗って渡る橋を越え、
永遠を思わせる弓なりに続く道路をただひたすら突っ走る。先に往くのはもちろん彼女だ。
びゅんびゅんと加速をつける沙紀ちゃんに必死でついて往く。
右に海を見て、左には古びた民家の連なりを視界に収めながら僕等はひた走る。
彼女が自転車を止めた。なびく髪がおさまり、僕の方へ振り返った。
「いい眺め!」と息切れ一つなく、元気な声で彼女は叫んだ。
僕は彼女の声に促されるように目の前の開けた世界を見た。
地平線という言葉をその時の僕は知らなかったから、
「すごい!まっすぐだね!」という簡易な感想しか言えなかった。
空と海が交わる、その一直線に永遠性を感じていた。
その時見た風景は本当に綺麗で、歳月による風化を避け今でも僕の心にいる。
沙紀ちゃんとの大切な想い出の一つだ。
小学六年になると沙紀ちゃんは恋をした。
同じクラスの斎藤くんが好きだ、と僕に言ってきた。
僕はその時、色恋のことはよくわからなかったので正直困った。
でも僕は姉御肌の沙紀ちゃんのことが幼馴染として好きだったから、
そのぼんやりとした掴みどころのない彼女の「好き」という想いが、
彼女の望むとおりに成就すればいいなと思い、願った。
十一月の中旬ごろだった。
学校から家に帰っている途中、少し先に沙紀ちゃんを見つけた。
僕は折角だから一緒に帰ろうと思い、走って彼女のもとに近づいた。
ぐんぐんと視界に迫る彼女の肩はブルブルと震えていた。
近づく足音に気付き、沙紀ちゃんが振り返った。
右手にはクシャクシャになった手紙が握られていた。
僕はその瞬間にすべてを悟った。
何か言わなくてはいけないと心が急きたてるが、その心はまだ十分に成熟しておらず、
恋というものを漠然的にしか掴めていないからどうしても言葉が詰まる。
それでも心の別のところでは早く何か言え、言葉を掛けろと催促してくる。
「あ、その…」と言った瞬間、彼女と目があった。
いつから溜めていたか分からない大粒の涙が零れた。僕は初めて彼女の涙を見た。
頭の中が熱くなる。
続ける言葉を準備していなかったが、彼女を励ましたいと心の底から思った。
何かしなければいけないと思った。想いが先行し、言葉が出遅れた。
言葉がまったくもって追いついてこない。
僕は彼女の手を取り、なぜか握手した。
力強く彼女の手を取って、何回も何回も上下に振った。
なぜそんなことをしたのか未だにわからない。
彼女の泣き顔を見たくないから視線を下げ、ただ只管に握手を繰り返した。
「痛いよ!」と彼女の声がした。語気が強めの言葉尻。
顔を上げると、いつもの活発な彼女がいた。
目尻に涙を残しながらも、瞳は大きく、口角は上がって、眉毛をくいっと上げ、
幼いころから知っているいつもの沙紀ちゃんだ。
握っていた手紙は益々クシャクシャになっていた。
言葉になりきれないものが 胸を張り裂こうとしてる B'z『May』
差し迫った状況で、感情に急き立てられる感覚がある。
言葉が追いつかない感覚だ。言葉にするのが野暮な感覚だ。
そんな時僕は意識に身を任せ、溢れ出す感情にすべてを委ねる。
張り裂けた感情は衝動化し、僕の身体を取るべき行動へと向かわせる。
名前は沙紀といい、僕は「沙紀ちゃん」と呼んでいた。
とても活発な女の子で、今思い返すと僕は完全に尻に敷かれていた。
僕等はとても仲の良い幼馴染だった。僕等は自転車に乗るのが好きで、たまに二人で遠出した。
学区内を悠々と抜け出し、いつもは車の後部座席に乗って渡る橋を越え、
永遠を思わせる弓なりに続く道路をただひたすら突っ走る。先に往くのはもちろん彼女だ。
びゅんびゅんと加速をつける沙紀ちゃんに必死でついて往く。
右に海を見て、左には古びた民家の連なりを視界に収めながら僕等はひた走る。
彼女が自転車を止めた。なびく髪がおさまり、僕の方へ振り返った。
「いい眺め!」と息切れ一つなく、元気な声で彼女は叫んだ。
僕は彼女の声に促されるように目の前の開けた世界を見た。
地平線という言葉をその時の僕は知らなかったから、
「すごい!まっすぐだね!」という簡易な感想しか言えなかった。
空と海が交わる、その一直線に永遠性を感じていた。
その時見た風景は本当に綺麗で、歳月による風化を避け今でも僕の心にいる。
沙紀ちゃんとの大切な想い出の一つだ。
小学六年になると沙紀ちゃんは恋をした。
同じクラスの斎藤くんが好きだ、と僕に言ってきた。
僕はその時、色恋のことはよくわからなかったので正直困った。
でも僕は姉御肌の沙紀ちゃんのことが幼馴染として好きだったから、
そのぼんやりとした掴みどころのない彼女の「好き」という想いが、
彼女の望むとおりに成就すればいいなと思い、願った。
十一月の中旬ごろだった。
学校から家に帰っている途中、少し先に沙紀ちゃんを見つけた。
僕は折角だから一緒に帰ろうと思い、走って彼女のもとに近づいた。
ぐんぐんと視界に迫る彼女の肩はブルブルと震えていた。
近づく足音に気付き、沙紀ちゃんが振り返った。
右手にはクシャクシャになった手紙が握られていた。
僕はその瞬間にすべてを悟った。
何か言わなくてはいけないと心が急きたてるが、その心はまだ十分に成熟しておらず、
恋というものを漠然的にしか掴めていないからどうしても言葉が詰まる。
それでも心の別のところでは早く何か言え、言葉を掛けろと催促してくる。
「あ、その…」と言った瞬間、彼女と目があった。
いつから溜めていたか分からない大粒の涙が零れた。僕は初めて彼女の涙を見た。
頭の中が熱くなる。
続ける言葉を準備していなかったが、彼女を励ましたいと心の底から思った。
何かしなければいけないと思った。想いが先行し、言葉が出遅れた。
言葉がまったくもって追いついてこない。
僕は彼女の手を取り、なぜか握手した。
力強く彼女の手を取って、何回も何回も上下に振った。
なぜそんなことをしたのか未だにわからない。
彼女の泣き顔を見たくないから視線を下げ、ただ只管に握手を繰り返した。
「痛いよ!」と彼女の声がした。語気が強めの言葉尻。
顔を上げると、いつもの活発な彼女がいた。
目尻に涙を残しながらも、瞳は大きく、口角は上がって、眉毛をくいっと上げ、
幼いころから知っているいつもの沙紀ちゃんだ。
握っていた手紙は益々クシャクシャになっていた。
言葉になりきれないものが 胸を張り裂こうとしてる B'z『May』
差し迫った状況で、感情に急き立てられる感覚がある。
言葉が追いつかない感覚だ。言葉にするのが野暮な感覚だ。
そんな時僕は意識に身を任せ、溢れ出す感情にすべてを委ねる。
張り裂けた感情は衝動化し、僕の身体を取るべき行動へと向かわせる。
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